忘れることは悪いことか?

 忘れることはよくないこと、できるだけ忘れたくない!との思いが我々は強いと思います。

 特に「忘れること」=「認知症」と心配される方が多いことと思いますが、「もの忘れ」と「認知症」との違いは、忘れる程度の違い、すなわち生活に支障があるかどうかです。

 

 

 最新の脳科学では「脳は積極的に忘れるようにできている」と聞いたらどう感じられますでしょうか?

 

 

 ヒトの脳は、およそ1000億個もの神経細胞(ニューロン)が複雑で巨大な神経回路を形成、ニューロン同士は末端のシナプスを介して情報の受け渡しをしています。その特徴は、電気信号をわざわざ化学信号(神経伝達物質など)に変換し、それを再度、電気信号に置き換えることにあります。

 

 

 

 脳はなぜこんなめんどうな機構をとっているのか?

 

その理由こそが「忘れるため」だったのです。

 

 記憶を作る中心的役割をたんぱく質がになっています。忘却とは、このたんぱく質が壊れることで生じる現象です。

 ある記憶をあまり思い出さないと、記憶回路への刺激が不十分となるため、たんぱく質の構造維持に必要なエネルギーが供給されなくなります。そして、やがてたんぱく質は崩壊して、記憶回路の維持が困難になります。

 

 時間の経過で記憶は自然と消去されるのですが、それにもかかわらずたんぱく質を壊すことによる「積極的な忘却」が行われる理由は脳を一定に保つという働きが作用しているためのようです。

 日々流れる膨大な情報量(新しい記憶)という脳を脅かす変化に対して、元の状態に戻そうと脳の海馬というところで古い記憶を積極的に消去しているようです。

 

 

 最近の研究で「Rac 1」というたんぱく質が積極的に忘却を進めていることが明らかになりました。

 海馬で作られる記憶の多くは、ごく短い記憶で、これを長期間記憶できるように、保存場所を海馬から大脳皮質へ移動させています。

 

 

 

 脳の休息には睡眠が大切ですが、睡眠中に脳は神経細胞へ栄養補給したり、老廃物の排泄などを行い脳のメンテナンスをしています。

 

 

 また、運動が脳によいことは知られていますが、運動することで筋肉の収縮が刺激となって様々な成長因子が分泌され、それが脳に届いて脳を保護してくれるようです。これらの成長因子は海馬の血流増加や神経新生を増やすため、認知機能を改善したり、脳の慢性炎症を抑える働きもあるそうです。

 

 

 

参考文献

 岩立康男  「脳の老化」を防ぐ最新知見  医歯協MATE   No.338